一 肥前出羽守藤原行廣(二代) -Hizen Dewa no kami Fujiwara Yukihiro(2nd Gen)- 3-949
通常価格:¥770,000
税込
一 肥前出羽守藤原行廣(二代)
-Hizen Dewa no kami Fujiwara Yukihiro(2nd Gen)-
刃長59.7センチ 反り0.95センチ
元幅31.1ミリ 元重ね7.5ミリ
物打幅25.3ミリ 横手位置幅21.8ミリ
物打重ね5.9ミリ 松葉先重ね5.2ミリ
裸身重量683グラム
江戸中期 The middle period of Edo era
昭和61年2月12日 大阪府登録
附属 特別保存刀剣鑑定書、白鞘、素銅地金鍍金はばき
二代行廣は、江戸時代中期の元禄から正徳年間にかけて、肥前国佐賀で活躍した脇肥前を代表する名工の一人です。彼は初代行廣(初代忠吉の孫)の嫡子であり、肥前新刀の本流である忠吉家の優れた血統と高度な鍛刀技術を受け継ぎました。
初銘を「行永」と称した彼は、貞享元年(1684年)に出羽大掾を受領し、さらに元禄13年には父と同じ出羽守を受領し、鍋島家の抱え工としての栄誉と重責を担いました。
新刀列位においては「上作」に列せられ、さらにその優れた実用性から切味の位列では「業物」に選定されるなど、美術的な美しさと武器としての絶対的な信頼性を兼ね備えた存在として高く評価されており、元禄14年に69歳で没するまで、その長い作刀生涯において数多くの名作を鍛え上げ、一門の中でも特に高い格式と技量を誇りました。
作風においては、初代が長崎で学んだオランダ鉄(洋鉄)を用いた独特の鍛法や銘振りを忠実に手本としながらも、二代特有の個性を確立しました。一般的に二代行廣は、父が好んだ一文字風の華やかな大互の目乱れや丁子刃を焼くことで広く知られていますが、肥前刀の本領である格調高い直刃や穏やかな湾れをも非常に高い水準で焼きこなす技術を持っていました。
本作は、元先の幅差が頃好く開いて中切先やや延び、地鉄は肥前新刀の真髄である小板目肌が微細に詰んだ、いわゆる「小糠肌」で、美しく潤いがあり、肥前刀の宗家である忠吉家の気品を強く感じさせます。刃文は明るく冴えた直刃を基調に、緩やかな湾れを交え、刃に向かって煙りこまず、プツリと切れる独特の匂口を交えるなど、肥前刀の宗家である忠吉家の気品を強く感じさせる出来口を誇っており、鋩子は直ぐ調にやや弛みごころを交え、先上品に丸く返っています。