兼常 昭和十八年三月 -Kanetsune- 2-1883
兼常 昭和十八年三月
-Kanetsune-
刃長66.9センチ 反り1.95センチ
元幅31.2ミリ 元重ね7.5ミリ
物打幅23.1ミリ 横手位置幅20.9ミリ
物打重ね5.2ミリ 松葉先重ね4.75ミリ
裸身重量730グラム 拵に納めて鞘を払った重量1,022グラム
昭和18年(1943) The early period of Showa era
令和5年2月15日 岐阜県登録
附属 黒蝋塗鞘打刀拵、素銅はばき
「兼常」という銘は、室町時代から美濃国(現在の岐阜県関市)で続く名門刀工の系譜です。孫六兼元や和泉守兼定と並び、古来より「折れず、曲がらず、よく切れる」という関伝の実用性を体現する刀匠として、数多くの武将に愛用されてきました。
昭和十八年という時代は大東亜戦争の最中であり、軍刀の需要が最も高まっていた時期にあたります。この時期に活躍した昭和の兼常は、古き良き室町期の実戦刀の精神を受け継ぎ、主に帝国陸海軍の将校が佩用するための軍刀(昭和刀・現代刀)を数多く鍛造しました。
刃文は関物の伝統である尖り互ノ目(とがりぐのめ)や三本杉風の乱れ刃、あるいは実戦向けの焼き幅の広い直刃などを得意としています。
昭和の関鍛冶たちは、軍需に応えるために一部では工業的な製法(半鍛錬や油焼き入れ)を取り入れたいわゆる「昭和刀」も作刀しましたが、中には伝統的な玉鋼と水焼き入れによる「本鍛錬刀(現代刀)」を精魂込めて打ち上げたものも存在します。
兼常の作品は、当時の将校たちからその確かな切れ味と堅牢さで厚い信頼を得ており、今でも抜刀道や試斬稽古の実用刀として愛好家の間で高く評価されております。
本作は、元先の幅差が頃好く開き、切先が延びた鋭い造り込みを呈し、地鉄は無地で地沸が付き、刃文は匂口が明るく冴え渡った尖リ互ノ目を焼き上げ、鋩子は横手上で互ノ目を一つ焼き込み、先は直ぐに焼詰風になっています。
附属の拵につきましては、鐔鳴りはほぼなく、柄にがたつきも無くしっかりしており、実際に鞘を払って構えてみますと、手元重心でバランスが良く、確かな扱いやすさを感じさせる実戦的で頼もしい一振です。