丸に十字と山文字紋笄 無銘 -Mumei- 16-250
通常価格:¥198,000
税込
丸に十字と山文字紋笄
無銘
-Mumei-
全長21.0センチ 幅11.6ミリ 重さ32.2グラム
室町時代末期~江戸前期 The late Muromachi to early Edo period
附属 桐箱
本品は無銘のため特定の作者や流派へ極めることはできませんが、温かな赤味を呈する素銅地を一体で仕立て、装飾を高彫や多彩な色金へ頼らず、家紋の輪郭と地金の風合いによって見せる古格ある笄です。耳の立ち上がりは穏やかで、細く伸びた首から肩、胴へ無理なく移る柔らかな輪郭を備え、首が短く肩の張った後世の姿とは趣を異にし、武家の実用品として受け継がれた時代笄ならではの素朴な力強さを伝えています。
胴には丸に山文字紋と丸に十字紋を間隔よく配し、山文字紋は別掲251の笄に金色で表されたものと同じ紋で、同じ家から伝来した両品の結び付きを端的に示し、裾を広げた安定感と上方へ伸びる勢いを併せ持つ一方、円内へ端正な十字を収めた紋は中心へ力を集めるような明快さを備えています。武家や名家では、家を代表する表紋のほか、裏紋や替紋を場面や用途に応じて使い分ける例があり、どの紋がそれぞれに当たるかは特定できないものの、共通する山文字紋へ別の紋を取り合わせた両品の構成は、一家の中で受け継がれた複数の紋とその使い分けを想像させます。
文様は鏨で輪郭を刻して地金の色調差を生かした簡潔な仕立てであり、紋の周囲へ十分な余白を残すことで、二つの意匠が互いを圧迫せず鮮明に浮かび上がります。単純な図形や家紋ほど円の歪み、線幅の乱れ、中心のずれが目につきやすく、金工の技量が率直に表れるところ、本品では円と内部の線を限られた幅へ均衡よく収め、少ない鏨線だけでそれぞれの紋を明快に成立させており、抑制された構成の中に確かな仕事を見て取れます。
裏面には斜め方向の細かな鑢目を全面へ揃えて施し、文様を置いた表とは異なる端正な地肌を見せるとともに、耳から胴、棹を経て丸く結ばれる穂先まで、時代を経た素銅の穏やかな色艶が一続きに残されています。華麗な色絵金具とは異なり、素材、形、鏨線、鑢目という基礎的な要素だけで成立する潔さこそ本作の魅力であり、室町時代末期から近世初頭へ移る笄の姿を考えるうえでも興味深い作品です。
本品は、別掲の「山文字紋と軍配紋笄」と同じ家からまとまって伝来した一品であり、両者は材質や装飾技法を異にしながら、ともに山文字紋を共有しています。同作の揃物と断定するものではありませんが、一家における所用や継承の背景を想像させる組み合わせとしても興味深く、単独では古い時代笄の落ち着いた風合いを、2点を並べれば家紋意匠と時代による技法の変化を比較して楽しめる、武家金工の魅力に富んだ一品です。