土蜘蛛退治図透鐔 藻柄子入道宗典製 -Soheishi Nyudo Soten- 12-1874
通常価格:¥550,000
税込
土蜘蛛退治図透鐔
藻柄子入道宗典製
-Soheishi Nyudo Soten-
縦75.9ミリ 横72.0ミリ 切羽台厚4.4ミリ 重さ103グラム
江戸中期 The middle Edo period
附属 桐箱、美術刀剣鑑定倶楽部鑑定書
所載 『破 桜田門外の変と天狗党の乱』(メディアパル、2026年刊)
宗典は喜多川氏で、喜多河とも切銘し、近江国彦根中薮を拠点として延享・寛延頃に活躍した彦根彫の代表的な鐔工です。はじめ秀典と名乗ったとされ、秀典と宗典を同人とみる説がある一方、『装剣奇賞』では秀典を初代、宗典を喜多川氏2代目に当たる江州彦根の人として扱っており、初代と2代を同人とする説を含め、その系譜にはなお検討の余地が残されています。京都出身とする伝えのほか美濃国出身説もあり、彦根藩の川北氏から扶持を受けて後援されたとも伝わり、75歳を越える長寿を全うしながら銘文と作域に幅広い変化を示し、多くの門弟を養成しました。
銘に用いられる「藻柄子」は「そうへいし」と読み、『装剣奇賞』も世俗に「もがらし」と読むのは誤りであると明記しています。人物や合戦の情景を鉄地へ高く彫り起こし、金、銀、赤銅、素銅などの色金を豊富に用いて一枚の鐔面へ物語を展開する一派の作風は、世に彦根彫と呼ばれて当時大いに流行し、広く愛好されました。本品には「藻柄子入道宗典製」と銘が切られ、彫刻、透かし、色絵を幾重にも重ねた充実した作域、濃密な画面構成と華麗な色彩に、宗典一派が得意とした物語性豊かな彦根彫の魅力がよく表れています。
画題は、病に伏した源頼光のもとへ僧に化けた土蜘蛛が現れ、怪しい蜘蛛の糸を放って襲いかかるという著名な土蜘蛛退治の物語です。頼光が名刀膝丸でこれを斬りつけ、その血の跡を追った四天王がついに土蜘蛛を討ち果たす一連の説話は、能や歌舞伎、絵巻などにも繰り返し描かれ、怪異と武勇がせめぎ合う劇的な題材として武家に好まれてきました。本品では、妖気を帯びた土蜘蛛と武器を構える武者たちを山中の樹木や建物、岩場とともに配し、限られた鐔面へ物語の緊迫した一瞬を凝縮しています。
撫丸形の鉄地は、人物、樹木、建物、岩、地面を地透と高彫で複雑に組み合わせ、彫り残した部分を巧みに連結して強度を保ちながら、奥行きのある舞台を作り上げています。人物の顔や手足、衣服の文様まで細かく彫り分け、金色絵を中心に赤銅や素銅の色調を交えることで、それぞれの姿が黒い鉄地から鮮やかに浮かび上がり、足元に転がる碁石は、それまでの静かな場が怪異の出現によって一変した瞬間を印象深く伝えます。衣服へ施された幾何学文様、柱や床板の木目を表す細線、建物の屋根へ視線を移すほど画面の各所から新たな見どころが現れ、耳に巡らせた金覆輪が密度の高い構図を明るく引き締めるため、正面から見た華やかさはもちろん、斜めから眺めた際にも高彫の厚みと覆輪の輝きが際立ちます。
裏面には表面の情景をその背後から眺めた景観を表し、枝を広げる松、石灯籠、起伏に富んだ岩肌、その間を縫う流水、地に生える草を配して、物語の舞台となる山中の奥行きと静けさを描き出しています。人物を中心に緊迫感を高めた表面に対し、裏面では同じ場所の自然と建造物を主役に据えることで、表裏が一つの空間として繋がり、鐔を返すたびに視点を変えて情景を味わえる構成です。宗典を代表する彦根彫の鐔は、人物を肉厚に彫り出すため、長い使用や保管の間に顔や手足などの突出部を損じた作例も少なくありませんが、本品は主要な人物表現と色絵をよく残し、複雑な地透部分にも大きな破綻が見られず、今日まで伝わった保存状態も評価できます。
昭和58年の美術刀剣鑑定倶楽部鑑定書が附属し、さらに本鐔は、2026年刊の歴史ビジュアルムック『破 桜田門外の変と天狗党の乱』にも掲載された所載品であり、単に意匠の優れた一枚というだけでなく、刊行物を通じて記録された来歴を備える点も大きな魅力です。土蜘蛛退治という人気の高い怪異譚、表裏で視点を変えながら一続きの舞台を見せる構成、肉厚で立体的な人物彫刻、豊富な色金、画面を明るく引き締める金覆輪を一度に楽しめる内容は充実しており、飾った際の華やかさと手元で細部を読み解く面白さの双方に富む、合戦図や妖怪図、彦根彫の濃密な金工作品を好まれる方へおすすめしたい、見応えのある鐔です。