薄図鐔 義一作 -Yoshikazu- 12-1869
通常価格:¥88,000
税込
薄図鐔
義一作
-Yoshikazu-
縦78.55ミリ 横73.9ミリ 切羽台厚3.4ミリ
重さ108.0グラム
江戸後期 The latter period of Edo era
附属 桐箱
義一は幕末に活躍した金工として伝わり、鉄地の持ち味を生かした鐔に在銘作が知られています。一方、「義一」を名乗った作者には金工のほか、鐔も手掛けた甲冑師や刀工が存在するため、同銘だけを根拠として系統や個人を一律に結び付けることはできません。本品は切羽台脇に「義一作」と銘を切り、意匠、鉄地、彫口から幕末頃の金工作として鑑賞できる作品で、華美な色金へ頼らず、鉄一色の中へ秋野の情趣を描き切った渋味が大きな魅力です。
薄は秋の七草の一つに数えられ、風を受けて揺れる穂と細長い葉の姿から、移ろう季節や静かな野辺の風情を象徴する画題として、古くから和歌、絵画、刀装具に好んで採り上げられてきました。実りを思わせる穂には豊穣への願いも重ねられ、秋草の中でも簡潔な線の美しさが鉄鐔によく映える植物です。本品では雲、薄、流水という限られた要素のみを表裏へ配し、余白を夜空や広い野原に見立てることで、鑑賞する者の想像を誘う奥行きある景色を作り上げています。
表面では、上方を横切るたなびく雲と、切羽台を挟んで左右から伸びる薄を鋤彫で表し、右方の穂は細かな鏨を連ねてふっくらと実った姿に仕立てる一方、左方には大きく弧を描く葉を置いて、風に靡く一瞬の動きを捉えています。切羽台周囲に広い余白を残した構成は簡潔でありながら、長くしなる葉の曲線、穂の細かな刻み、低く浮かぶ雲の水平線が異なる方向へ視線を導き、静かな鉄面へ心地よい律動をもたらしています。深い褐色を呈する鉄地は細かな鎚の表情を残し、彫りを過度に磨き立てていないため、光の加減によって薄と雲が穏やかに浮かび上がる、落ち着いた味わいです。
裏面にも上方へ霞むような雲を横たえ、切羽台の左右から薄を伸ばしながら、下部には幾筋もの流水を配しています。大きく湾曲する葉が切羽台を越えて反対側へ流れるように続き、その足元を巡る水の線と呼応することで、風と水という目に見えない動きを巧みに感じさせます。表面が風に揺れる秋野を遠望した景色であるのに対し、裏面は薄の根元と水辺へ視点を近づけた構成となっており、表裏を返すことで同じ野辺を異なる距離から眺めるような趣があります。
丸みを帯びた木瓜形の輪郭は角を強く立てず、耳をわずかに高く巡らせることで、穏やかな秋草の意匠を端正に引き締めています。両櫃孔を開けた実用的な造りに108グラムの確かな量感を備え、鉄地には長い年月を経た古色と使用の痕跡が残るものの、薄、雲、流水の主要な彫りは明瞭で、銘も読み取ることができます。華麗な高彫色絵とは異なり、鉄の色、余白、彫線の抑揚によって見せる本品は、秋草図の風雅と武用鐔らしい落ち着きを兼ね備え、黒漆や石目地の拵へ合わせてもよく映える、滋味豊かな在銘鐔です。