源氏車に蟷螂図透鐔 無銘 -Mumei- 12-1833
通常価格:¥165,000
税込
源氏車に蟷螂図透鐔
無銘
-Mumei-
縦65.6ミリ 横61.5ミリ 切羽台厚5.3ミリ
重さ75.0グラム
江戸中期 The middle Edo period
本作は上方の左右へ二つの源氏車を大きく配し、その下に鎌を掲げる蟷螂を透かした、物語性と機知に富む鉄鐔です。源氏車は平安貴族の牛車に用いられた車輪を文様化したもので、均整の取れた円形と放射状に伸びる輻が王朝風の雅やかさを感じさせる一方、その大きな車輪へ向かうように蟷螂を置くことで、優美な古典意匠の中へ緊張感と勇壮な意味を重ねています。二つの車輪を単に並べるのではなく、左右へ振り分けて画面上部を安定させ、その下へ長い脚を広げた蟷螂を横長に配した構成は巧みで、円と直線、曲線が呼応しながら鐔面全体へ心地よい動きを生み出しています。
この取り合わせが示すのは、中国の故事に由来する「蟷螂の斧」です。小さな蟷螂が迫り来る車を前にしても退かず、斧に似た前脚を振り上げて立ち向かった姿から、自らの力量を顧みず強大な相手へ挑むことを表す言葉となりましたが、その姿は単なる無謀さだけでなく、圧倒的な相手にも怯まない勇気や気概の象徴としても受け取られてきました。日本では御所車と蟷螂を組み合わせた意匠が工芸や祭礼にも採り上げられ、なかでも祇園祭の蟷螂山は、御所車の上で大きな蟷螂が鎌を動かす姿によって広く知られています。本作もまた、雅を象徴する源氏車と、武を思わせる鋭い鎌を持つ蟷螂を一つの画面へ取り合わせ、小さな存在に秘められた不屈の心を鐔の意匠として表したものと考えられます。
二つの源氏車は外輪と細かな輻を鉄地から端正に彫り残し、透かした空間がそれぞれの輪郭を明瞭に浮かび上がらせています。下方の蟷螂には長く伸びる触角、節ごとに折れ曲がる脚、獲物を捕らえる鎌状の前脚、細身の胴から畳まれた翅へ続く姿が簡潔な線の中へ的確に捉えられ、鉄地の一部へ加えた毛彫が表面に細やかな変化を与えています。細い部分を多く用いながら各意匠を耳や切羽台へ無理なく繋ぎ、透かしの軽快さと鐔としての強さを両立させている点にも、構成を熟知した金工の確かな手腕がうかがえます。
縦65.6ミリの引き締まった画面には、源氏車の雅趣、蟷螂の愛らしい姿、そして「蟷螂の斧」が象徴する勇気と気概が過不足なく凝縮され、光にかざすと二つの車輪の輻と蟷螂の複雑な輪郭が一層鮮明に現れます。正面からは大胆な図柄として楽しめ、手元で角度を変えれば透かしの切口や毛彫、黒く落ち着いた鉄味が異なる表情を見せるため、鑑賞するほど意匠の意味と彫技の双方へ興味を深められる作品です。古典的な源氏車文でありながら、勇壮な故事と虫の写生を結び付けた作例は印象深く、武家らしい精神性を備えた透鐔や、珍しく物語性の高い画題を求める方におすすめしたい見応えのある鐔です。