千疋猿透鐔 無銘(矢上派) -Mumei (Yagami School)- 12-1824
通常価格:¥330,000
税込
千疋猿透鐔
無銘(矢上派)
-Mumei (Yagami School)-
縦70.2ミリ 横66.4ミリ 切羽台厚5.6ミリ
重さ108グラム
江戸中期~後期 The middle to latter Edo period
附属 日本美術刀剣保存協会保存刀装具鑑定書、桐箱
矢上派は肥前国矢上の地で江戸中期後半から後期にかけて活躍した金工一派で、無数の猿を丸彫に近い肉彫地透で組み上げる「千疋猿」を得意としたことで広く知られています。とりわけ十八世紀後半に活躍した初代光広はこの画題を一派の代名詞と呼べるまでに高め、その名と作風は後代へ継承され、幕末頃まで制作が続けられました。本品は無銘ながら日本美術刀剣保存協会の保存刀装具鑑定書において矢上派と極められており、群猿の身体を互いに絡ませながら鐔の形へまとめ上げた構成、鉄地を深く彫り透かす立体的な仕事、眼へ施した金象嵌などに、同派ならではの特色が明瞭に表れています。
千疋猿とは、文字通り千匹を数えて表したものではなく、数え切れないほど多くの猿が集う様子を示す名称であり、猿は「厄が去る」「災いが去る」に通じる縁起物として親しまれ、長寿や立身出世への願いも託されてきました。本品では、腰を下ろす猿、身体を捻る猿、隣の猿へ手を伸ばすもの、背へ取り付くもの、わずかな隙間から顔を覗かせるものなど、一体ごとに異なる姿態と表情を与え、猿の身体そのものを鐔の骨格として連続させています。密集した画面でありながら個々の姿を見失わせず、視線を移すたび新しい猿が現れるような構成には、鑑賞者を飽きさせない機知と高度な図案力が感じられます。
鉄地は猿の顔、手足、背や腹の丸みをふっくらと彫り起こし、毛並みや指先まで鏨を運ぶことで、正面からは濃密な群像、斜めからは幾重にも重なる肉彫の深い陰影を楽しめる仕立てとなっています。猿たちの眼には小粒の金象嵌を施し、さらに群猿のうち数匹の身体を金布目象嵌で彩ることで、落ち着いた黒褐色の鉄味の中へ金の輝きをリズミカルに散らしています。一方、耳には銀の布目象嵌が施されていた様子がうかがえ、現在も残る繊細な痕跡が賑やかな画題へ静かな明暗を添えており、長い年月による摩耗を伴いながらも、金銀の名残が古色豊かな鉄地によく馴染み、華美に傾かない時代金工ならではの景色を作り上げています。
表だけでなく裏面にも同じ密度で群猿を配し、耳際まで猿の姿を巡らせているため、どの方向から眺めても彫刻が途切れず、鐔全体が一つの立体彫刻のような充実感を備えています。複雑な透かしを多用しながら各部を巧みに繋いで強度を保ち、切羽台の周囲では猿の手足や身体の線を自然に収束させることで、実用品としての構造と画題の面白さを高い次元で両立させました。保存刀装具鑑定書が附属する安心感に加え、矢上派を象徴する人気画題、表裏を埋め尽くす手数の多い彫刻、金象嵌の眼が生む愛嬌と輝きを一枚で味わえる、収蔵にも展示にも相応しい見応え豊かな鐔です。