筑前住源信國吉包 -Chikuzen-ju Minamoto Nobukuni Yoshikane- 2-1908
通常価格:¥1,320,000
税込
筑前住源信國吉包
-Chikuzen-ju Minamoto Nobukuni Yoshikane-
刃長70.0センチ 反り1.7センチ
元幅31.0ミリ 元重ね7.5ミリ
物打幅22.7ミリ 横手位置幅20.1ミリ
物打重ね6.0ミリ 松葉先重ね4.1ミリ
目釘穴2個
裸身重量735グラム
江戸前期(寛文~貞享頃) The early Edo period
昭和37年9月26日 静岡県登録
附属 特別保存刀剣鑑定書、旧特別貴重刀剣認定書写し、白鞘、素銅地金着せはばき
筑前信國派は、山城信國の系譜を引く信國吉貞が黒田家に仕え、関ヶ原合戦後、黒田長政の筑前入国に伴って豊前から筑前へ移住したことに始まる、福岡藩ゆかりの刀工一門です。吉貞の三人の子はそれぞれ家を分け、長男吉政が別家となったのち、次男勘助吉次の系統が嫡流を継承しました。
本刀の作者である吉包は吉次の子にあたり、筑前信國十四代を数え、通称を助左衛門と称しました。寛文十三年(1673)および貞享三年(1686)の年紀作が確認されていることから、寛文から貞享頃を中心に作刀した刀工と考えられ、元禄六年(1693)八月二十二日に没したと伝わります。「筑前住源信國吉包」「筑州住源信國助左衛門吉包」などの銘を用い、直刃を基調とする作から湾れ、互の目を交えた作までを残しており、吉次から受け継いだ堅実な鍛えと、筑前新刀らしい引き締まった地刃を見どころとします。
本刀は鎬造、庵棟、刃長70.0センチ、元幅31.0ミリ、元重ね7.5ミリという堂々たる量感を備え、元先の幅差が頃合いよく開きながら中切先はやや延びごころとなり、腰元に十分な力を蓄えて鋒へ向かってすっきりと締まる、江戸前期の新刀らしい端正で力強い姿を示しています。茎には大振りの鏨で「筑前住源信國吉包」と銘が切られ、茎尻寄りには控えの目釘穴を備え、指表のはばき下の流しには磨き針によって「英雄」の二字が記されており、刀そのものの健全さに加え、伝来を目で確かめられる点も本刀ならではの魅力です。
地鉄は小板目がよく錬れて細かな地沸が付き、鍛えに沿って地景が入り、精美に詰んだ肌の中へ僅かな起伏が現れるため、光を移すほど静かな地の奥から緻密な鍛錬が浮かび上がります。刃文は中直刃を基調とし、表では中程に節立つような互ノ目を一つ交え、その焼頭へ入る足が互ノ目を二つに割るように働き、裏では同じく中程で焼幅を広めて湾れを交えるなど、表裏でわずかに趣を変えながらも全体の調子を崩さず、明るく冴えた匂口の刃縁へ小沸が細かく付いています。直刃の清潔な冴えと、要所へ置かれた互ノ目、湾れ、足の変化が互いを引き立て、単調に陥らない気品ある焼刃を形成し、鋩子は直ぐに進んで先丸く返る端正な出来となっています。
附属するはばきは素銅地へ金の薄板を着せた一重仕立で、下半へ細かな鑢を施し、上部には鋭い斜線を重ねて山並みや光芒を思わせる景色を作り、古色を帯びた白鞘には黒い菱形の金具を配して、刀身の格に相応しい落ち着いた佇まいへまとめています。刃長、身幅、重ねを十分に保ち、裸身重量735グラムという充実した肉置きに、精緻な小板目と明るく冴えた直刃調の刃文が調和するため、手元では健全な新刀の力強さを、鑑賞では吉包らしい堅実な鍛えと静かな変化を余すところなく味わえます。
さらに本刀には、令和2年11月9日付の日本美術刀剣保存協会「特別保存刀剣鑑定書」と、昭和41年9月25日付の旧「特別貴重刀剣認定書」の写しが附属します。旧認定書の本証は特別保存刀剣鑑定の審査に伴って返納されたものとみられ、現在残るのはその写しとなります。
認定書写しに名を残す村田英雄氏は、本名を梶山勇といい、浪曲師として活動したのち昭和33年(1958)に歌謡界へ進出し、「無法松の一生」「人生劇場」、そして戦後初のミリオンセラーとなった「王将」など数々の名曲を世に送り出した、昭和を代表する歌手の一人です。
重厚な節回しで義理、人情、勝負の世界を歌い上げた同氏が本刀を所蔵していたことは、その人物像とも響き合う興味深い来歴といえるでしょう。
認定書写しが村田英雄氏の名義であることに加え、指表のはばき下の流しには磨き針による「英雄」の二字が残されており、両者は本刀が同氏の手を経た来歴を傍証する資料となっています。筑前信國十四代吉包による健全な長刀に、特別保存刀剣の評価と昭和の名歌手・村田英雄氏旧蔵という物語が重なり、刀工、出来、保存状態、伝来のすべてを一体として味わえる、鑑賞・収集のいずれにおいても強くおすすめできる一振です。