蜆図小柄(小刀付) 無銘 -Mumei- 16-234
通常価格:¥88,000
税込
蜆図小柄(小刀付)
無銘
-Mumei-
小刀を含めた全長205.8ミリ 小柄の全長97.25ミリ 幅14.6ミリ 小刀を含めた重さ55.8グラム
江戸中期 The middle Edo period
附属 桐箱
蜆は清らかな川や湖の浅瀬に棲み、古くから人々の暮らしと食文化に深く結び付いてきた身近な貝です。華やかな故事や英雄ではなく、足元の水辺に息づく小さな生命へ美を見いだしたところにこの画題の洒脱さがあり、静かな流れ、澄んだ水、砂礫の間に姿を見せる貝まで想像させる、江戸金工らしい風雅な趣を備えています。
本品は温かみのある赤褐色の地板へ細かな鏨跡を無数に重ね、流れに洗われた川底の砂礫を表し、その上へ大きさの異なる三枚の蜆を黒色の色金で肉高く据えています。地模様は一様に整えるのではなく、鏨の密度と向きに微妙な変化を持たせることで、水の流れによって砂が寄り、細かな窪みや筋が生まれた浅瀬の景色を巧みに表現しており、細長い小柄の表面そのものが静かな川床へと変わる趣向です。
三枚の蜆は向きと大きさを少しずつ変え、殻のふくらみを豊かな高低差で彫り上げるとともに、表面へ幾重もの成長線を丁寧に刻み、川底へ自然に散らばる姿を写実味豊かに捉えています。深く沈んだ黒色の貝と、柔らかな古色を帯びた赤褐色の地板との対照は渋く上品で、角度を変えるたびに殻の稜線へ光が走り、三枚それぞれの量感が鮮やかに浮かび上がります。華美な金銀色絵に頼ることなく、異なる地金の色、肉彫の起伏、鏨で作り込んだ川底の肌合いだけで水辺の奥行きと生命感を成立させた仕事には、素材の持ち味を熟知した金工の確かな感覚がうかがわれます。
裏面は広い磨地を簡潔に仕立て、表面の密な川底表現と立体的な蜆を一層引き立てています。附属の小刀を収めた姿には時代の実用具としての充実感があり、抜き差しすることで、静かな裏面から川底の景色が広がる表面へと趣が大きく変化する点も鑑賞の楽しみです。離れて眺めれば三枚の蜆が作る端正な配置が映え、手元では殻の成長線、川底を形作る無数の鏨跡、長い年月によって育まれた地金の艶をじっくり味わえる、日常の自然を格調ある刀装美へ昇華した魅力豊かな一口です。