波濤図小柄 無銘 -Mumei- 16-230
通常価格:¥55,000
税込
波濤図小柄
無銘
-Mumei-
全長98.0ミリ 幅14.5ミリ
江戸中期 The middle Edo period
附属 桐箱
波濤は絶えず姿を変えながら尽きることのない水の力を表し、困難を越えて進む気概や、災厄を洗い流す清浄の意味を重ねて鑑賞されてきた画題です。刀装具では波頭の形、渦の巻き方、水脈の重なりによって金工家ごとの表現が現れ、細長い小柄の画面にも水の勢いと連続性を与える、武家の装いに相応しい意匠として好まれました。
本品は鉄地の表面を斜めに区切り、その一方へ波濤を集中的に彫り表した、構図に工夫のある小柄です。斜めに走る境界が水辺を切り取るように画面へ変化を与え、その内側には大きく立ち上がる波頭と、背後から次々に押し寄せる小波を深浅のある彫線で重ねています。波頭の内側にも細線を幾重に刻み、水が巻き込みながら砕ける一瞬を捉えた表現には、細長い小柄の画面へ波の勢いと奥行きを生み出す巧みな構成力がうかがわれます。
波濤を置かない部分には、細かな線を斜めに交差させた桧垣状の鑢目が一面に残されています。この仕事はそれ自体を地文として施した可能性に加え、かつて極薄い金の板を着せるために地を荒らした、布目状の下地であった可能性も考えられます。もし当初に金着せが施されていたとすれば、黒い鉄地に彫られた波濤と金色の広い地が斜めに切り替わる、ひときわ鮮明で洒落た意匠であったことが想像され、現状に残る鑢目から往時の華やかな姿へ思いを巡らせる楽しみがあります。
現在、地が銀色に光って見えるのは銀や四分一などの色金によるものではなく、錆が落とされたことで鉄の素地が明るく現れているためと考えられます。地には斑状の古色と鉄錆の痕跡が残り、一様な磨地にはない複雑な明暗が、砕ける波の飛沫や曇天の海を思わせる独特の景色を生み出しています。裏面は文様を置かず、広い鉄地を簡潔に仕立てることで、表面に凝縮された波濤の動勢と斜めに切り替えた意匠を一層際立たせています。押し寄せる波の連なり、鏨の深浅、桧垣状に交差する細かな鑢目と、手元で見込むほど制作当初の趣向が想像力を誘う、江戸中期の味わい深い一口です。
※写真に写る小刀は附属せず、小柄のみの販売です。