波龍図小柄(六歌仙彫小刀付) 無銘 -Mumei- 16-224
通常価格:¥297,000
税込
波龍図小柄(六歌仙彫小刀付)
無銘
-Mumei-
全長208.2ミリ 小柄全長94.3ミリ 幅10.9ミリ 小刀を含めた重さ40.1グラム
江戸中期 The middle Edo period
附属 桐箱
龍は水を司り、雲雨を呼ぶ霊獣として、古来、権威、飛躍、守護を象徴してきました。なかでも荒れ狂う波濤と龍を組み合わせた意匠は、天地を揺るがす霊力と、逆境を越えて上昇する勢いを表します。静かな吉祥図とは異なり、渦巻く水流と龍の身を一体に構成することで、波音や風まで想像させる勇壮な画題です。
本品は山銅系の地金を肉高く彫り上げ、激しくうねる波の間から二匹の龍が姿を現す場面を、小柄の表面いっぱいに展開しています。上方の龍は正面から迫るように顔を突き出し、下方の龍は長い身体を波間へくねらせながら上昇しており、視線を上下へ移すことで、二匹の龍が怒濤の中を駆け巡る壮大な景色が立ち上がります。
龍の角、鬚、爪、鱗を一つずつ彫り分けるだけでなく、波頭、渦、水筋にも細かな鏨を幾重にも加え、地金の高低によって水勢と奥行きを表現しています。波の細線と龍の量感が複雑に重なりながらも、二匹の姿が埋没することなく明瞭に浮かび上がり、細長い小柄とは思えない密度と迫力を備えています。
表面には豊富な金色絵が施され、褐色を帯びた山銅地との対照によって、龍と波濤が光の中から現れるような華麗な景色を見せます。金色絵は一様に平坦ではなく、長い年月の中で高い部分が穏やかに擦れ、彫りの谷へ色が深く残ることで、立体感と古色が一層強調されています。角度を変えるたびに金色と山銅色が交互に現れ、龍の表情や波の流れが刻々と変化するところも大きな見どころです。
裏面には素銅地の裏板を合わせ、その表面へ金色絵を施したとみられます。表の彫刻的で複雑な景色に対し、裏面は地金の明るい色調を広く見せる簡潔な仕立てとなっており、表裏を返した際の対照も鮮明です。縁へ現れる素銅の赤味と金色の表面が馴染み、時代を重ねた金属ならではの深みを感じさせます。
さらに本品の価値を高めているのが、六歌仙を題材とする細密な彫刻を施した小刀です。刀身の上方には大きく「六歌仙」と刻し、その下へ複数の和歌を細かな文字で彫り表しています。限られた刀身幅の中へ一字ずつ整然と彫り込まれた文字は、それ自体が高度な鏨仕事であり、光の方向を変えることで行ごとの線が鮮明に浮かび上がります。
刀身の下方には六歌仙にちなむ人物を毛彫と片切彫で描き、衣の重なり、冠、顔貌まで細やかに表現しています。人物と和歌を単に並べるのではなく、文様で囲まれた区画の中へ歌人の姿を収め、その上へ歌を書き連ねることで、一振りの小刀を細長い絵巻のように仕立てています。彫りの一部へ残る赤味のある色彩も線を引き立て、小刀全体に古雅な華やぎを添えています。
小柄では怒濤を駆ける龍の勇壮な世界を、小刀では王朝文化を代表する六歌仙と和歌の雅な世界を表しており、「武」と「雅」という対照的な趣向を一組の中で楽しめます。小柄だけでも密度の高い彫金作品ですが、細密な文字彫と人物彫を備えた小刀が揃うことで、作品全体の物語性と鑑賞性は一段と高められています。
山銅地の力強い高彫、豊富な金色絵、二匹の龍が躍動する迫力ある構図、そして六歌仙と和歌を余すところなく彫り込んだ小刀。彫金と刀身彫刻という異なる技巧を一口で味わうことができ、正面、裏面、小刀のいずれにも明確な見どころを備えた、展示の中心にも相応しい充実した一作です。