糸巻散図鐔 無銘 -Mumei- 12-1808
通常価格:¥165,000
税込
糸巻散図鐔
無銘
-Mumei-
縦61.5ミリ 横46.4ミリ 切羽台厚3.2ミリ 重量62.1グラム
江戸前期~中期 The early to middle Edo period
附属 桐箱
糸巻は、糸を整えて染織や裁縫の仕事へ備える身近な道具であるとともに、長く連なる糸の姿から、縁の結びつき、家運の継続、日々の営みを丁寧に積み重ねることを想起させる器物意匠です。衣装文化の華やぎと職人の手仕事を象徴し、規則正しく巻かれた糸と、そこからほどけて伸びる細い糸が静かな動きを生むため、江戸の金工や染織意匠において洒落た画題として親しまれました。
本品は温かみのある赤褐色を呈する素銅地を、四辺の姿を保ちながら角を柔らかく丸めた小振りの撫角形に仕立て、小柄櫃孔だけを開け、表裏へ大小の糸巻を軽やかに散らしています。糸巻は素銅、赤銅、銀を巧みに取り合わせ、深い黒、柔らかな赤、澄んだ銀色によって糸の巻き、軸、ほどけて伸びる糸を細やかに描き分け、器物の一つ一つを小さく立体的に据えながら広い余白を残すことで、地板の豊かな銅色と色金の対照を際立たせています。
耳には地板と同系統の銅地とみられる覆輪を巡らせ、その表面へ金鍍金を施したうえで、斜めの鑢目を交互方向へ連ねた檜垣鑢を丹念に施しています。檜垣鑢は、檜の薄板を斜めに組んだ垣根を思わせる伝統的な文様で、正面では赤褐色の画面を包む落ち着いた金の輪郭として全体を引き締め、斜めからは細かな鑢目と古金色が呼応して、表だけでなく耳にまで鑑賞の見どころを広げています。長年の摩擦によって金鍍金が銅地へ柔らかく馴染み、鮮明な金色と深みのある褐色が入り交じる耳の景色には、新作では得られない豊かな時代感が宿っています。
上方を括り下方へ広がる古様な茎孔、小柄櫃孔だけを備えた簡潔な構成、撫角形の素朴で力強い輪郭、落ち着いた色金使い、地へ馴染んだ鍍金と檜垣鑢を備える覆輪から、制作年代は江戸前期から中期にかけてと見るのが相応しく、古格ある骨格の中に洒脱な器物意匠を備えています。
手元では糸の一本一本と異なる色金の響き合いを味わい、距離を置けば温かな素銅地、金の覆輪、余白を生かした糸巻の配置が一つの端正な姿へまとまり、染織や裁縫に縁のある方にも、江戸の器物図を愛好する方にも長く親しんでいただける、雅趣と物語性に富んだ一枚です。