相州住綱廣 -Soshu ju Tsunahiro- 4-378
通常価格:¥1,430,000
税込
相州住綱廣
-Soshu ju Tsunahiro-
刃長29.2センチ 反り0.2センチ
元幅28.2ミリ 元重ね7.7ミリ
物打幅24.55ミリ 物打重ね6.7ミリ
裸身重量303グラム 拵に納めて鞘を払った重量469グラム
目釘穴1個
江戸 Edo era
昭和43年10月19日 岡山県登録
附属 特別保存刀剣鑑定書、青貝微塵散刷毛目塗鞘小脇指拵、素銅はばき、白鞘、継木
相州住綱廣は室町時代後期から江戸時代末期まで連綿と続いた相州鍛冶の名跡で、初代は山村姓、初銘を正廣と切り、その後小田原の北條氏綱に召し出されて「綱」の一字を賜り、綱廣と改銘したと伝えられています。綱廣の代別については判別の難しいものが少なくありませんが、藤代刀工辞典では初代を天文、二代を永禄、三代を文禄頃とし、山村家系図および古文書によれば天文七年(1538)から天文十年(1541)の間に初・二代の代替わりがあったとされています。三代綱廣は山村宗右衛門と称して鎌倉扇ケ谷に住し、後に津軽藩主の招きによって津軽へ赴き、大小三百振を鍛刀して慶長十一年(1606)に帰国したと伝わり、その作には「津軽主為信相州綱廣 慶長十乙巳八月吉日 三百腰之内」「津軽主為信相州綱廣呼下作之 慶長十乙巳八月吉日」などの銘文を残しています。こうして中世相州鍛冶の伝統を受け継いだ綱廣の名跡は代々継承され、江戸時代を通じて幕末まで栄えました。
本作はその長い系譜のうち新々刀期に鍛えられた綱廣の一口で、平造、庵棟、刃長29.2センチの寸延びの姿を呈し、元先の幅差は目立って開かず、元重ね7.7ミリを有する肉置きのしっかりとした体配となっています。地鉄は小板目に杢目を交えてよく錬れ、肌目が詰んで地沸が付き、刃文は匂口明るく、互ノ目に小湾れを交えて刃縁には細かな砂流しがかかり、鋩子は直ぐに入り先丸く返るなど、端正な姿の中に相州鍛冶の伝統を受け継ぐ綱廣らしい趣を見せています。華美に走ることなく地刃ともに破綻なくまとまり、寸延びながら十分な重ねと身幅を保った健全さも本作の大きな見どころです。
さらに本作の価値を大きく高めているのが、刀身とともに伝来した青貝微塵散刷毛目塗鞘小脇指拵です。黒漆地の鞘に青貝微塵を散らした落ち着きのある外観に、七宝に割菱紋を配した一作金具で統一され、縁頭、鐔、栗形、返角から小柄、笄に至るまで共通した地文と意匠によってまとめられています。とりわけ小脇指拵では伝来の過程で失われやすい小柄と笄がともに完備している点は極めて貴重で、単なる付属外装の域を超えて刀装史料としても興味深い一作となっています。鐔には僅かな鳴りが認められるものの柄にがたつきはなく、はばきと切羽の造り込みを仔細に見ると元来は着せが施されていたことが窺え、往時には現在以上に華やかな姿であったものと考えられます。
刀身、時代拵、白鞘、継木がまとまって今日まで伝存した本刀は、鑑賞できる、資料性と美術性を兼ね備えた優品です。