無銘(伝 手掻) -Mumei (Den Tegai)- 2-1894
通常価格:¥1,298,000
税込
無銘(伝 手掻)
-Mumei (Den Tegai)-
刃長69.8センチ 反り1.43センチ
元幅30.1ミリ 元重ね6.8ミリ
物打幅24.0ミリ 横手位置幅20.4ミリ
物打重ね5.1ミリ 松葉先重ね3.8ミリ
目釘穴2個
裸身重量659グラム
鎌倉後期 The latter period of Kamakura era
昭和37年9月25日 鳥取県登録
附属 特別保存刀剣鑑定書、素銅地金鍍金はばき、白鞘
手掻派は東大寺に所属した刀工集団で、東大寺西の正門である転害門周辺に居住していたことからその名で呼ばれています。大和五派の中でも最も規模が大きく、技量の安定した一派として知られ、手貝町や包永町などの地名を現在に伝えています。
手掻派の祖とされる包永は鎌倉時代中期の正応頃(1288年頃)に活躍した刀工で、名物「児手柏」や岩崎家伝来の国宝をはじめ、多くの名刀を残しました。現存する指定文化財の多くは大磨上無銘となっていますが、その作風によって高く評価されています。包吉、包清、包友、包利らの名工を輩出し、また正宗十哲の一人として知られる兼氏も、初銘を包氏と称して手掻派に属したと伝えられています。南北朝時代までの作品を「手掻」、応永以降の作品を「末手掻」と呼び、大和物の中でも地鉄が冴え、沸の働きが豊かな作風を特徴としています。
本刀は大きく磨り上げられているものの、なお二尺三寸余の刃長を保ち、元先の幅差が頃好く開き、やや延びごころの切先を備えた優雅な姿を見せています。地鉄は小板目肌に流れ肌と柾目が交じり、よく練れて詰み、やや肌立った鍛えに淡い映りが現れ、刃文は匂口が明るく冴えた直刃を基調とし、指表の物打付近には短い打除が見られます。総体に大和伝らしい端正な作域を示しており、地刃の健全さも良好であり、伝手掻の極めに加え、鎌倉後期まで遡る古刀でありながら姿の均整が保たれている点は見所といえるでしょう。派手な働きを誇示する作ではありませんが、落ち着いた地刃の味わいを備えた一振であり、今後さらに上位審査への挑戦も期待できる資料性の高い古刀です。