宇多國久(国久) -Uda Kunihisa- 4-361
通常価格:¥198,000
税込
刃長28.2センチ 反り0.15センチ
元幅29.3ミリ 元重ね5.0ミリ
物打幅23.9ミリ 物打重ね4.0ミリ
目釘穴1個
裸身重量190グラム
室町後期 The latter period of Muromachi era
昭和38年3月28日 東京都登録
附属 素銅地銀着はばき、白鞘
宇多派は鎌倉時代末期の文保頃に、大和国宇陀郡から古入道国光が越中に移住したことにより興り、南北朝時代に国房・国宗・国次等の刀工が活躍し、同銘相継いで室町末期に渡って繁栄しました。
鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての作品を古宇多、室町期の作品を宇多と呼称し、同派の特徴としては、大和伝と相州伝の両方が加味された作風をしている点が挙げられ、地鉄は板目に杢目を交えてやや大肌となり、地が黒ずんで粕立つ処があり、刃文は小沸出来の中直刃に金筋、砂流しを交えながらも匂い口が潤みごころとなります。
宇多國久(くにひさ)は國房の子で名を右衛門三郎といい、応永七年、廿一年、廿六年の年紀作があります。越中国は日本海沿岸の要衝で、細川氏、斯波氏など室町幕府の管領を勤めた重臣が守護を拝命し、応永以降は畠山氏の領国となりました。國久など宇多派の刀工は、畠山家中の武士の需に応え、切れ味優れた刀槍を鍛えました。
この短刀は、平造、庵棟、表裏に刀樋を角留とし、地鉄は板目に杢が交じって柾に流れ、淡く映りが見られて味わい深く、刃文は匂口が明るく、乱れの谷に砂流が見られ、物打より先の方では特に乱れの谷が深く、金筋を交えています。鋩子は乱れ込んで先が丸く返っており、宇多派ならではの歴史的背景と、精緻な作行を存分に堪能できる一口です。