肥前國住人伊豫掾源宗次(初代)- Hizen no kuni junin Iyo no jo Minamoto Munetsugu(1st Gen) - 2-1862
通常価格:¥1,540,000
税込
刃長70.9センチ 反り2.1センチ
元幅31.0ミリ 元重ね7.35ミリ
物打幅25.2ミリ 物打重ね6.0ミリ
横手位置幅22.7ミリ 松葉先重ね4.3ミリ
裸身重量829グラム 拵に納めて鞘を払った重量1,126グラム
江戸初期 The early years of Edo era
昭和36年3月20日 佐賀県登録
附属 特別保存刀剣鑑定書、素銅地金着二重はばき、白鞘 /継木、黒塗鞘半太刀拵
初代伊予掾宗次は、堺三右衛門と称し、代々長瀬村(初代:忠吉の出身地)の天満宮の神職にあたった家柄と伝えられ、のちに佐賀城下の長瀬町に移って鍛刀し、さらに肥前諫早に転じたと言われています。
伊予掾受領の時期については、宗次の子孫である境家に伝えられている古文書の中に、「伊予掾宗次系図」が存在し、それに拠れば慶長11年とあり、伊豫掾を冠した慶長12年紀作が在ることから見ても首肯されます。
作風は、肥前刀工群中にあって特異な存在であり、地刃がよく沸づき、盛んな乱れを焼いて尖り刃を交え、金筋・砂流し等がかかるなど、相州伝、とりわけ志津風の作域をあらわし、また肥前刀一般が帽子を直ぐに小丸に焼くのに対して、その殆どが乱れ込んだものとなっており、中心仕立も相州伝を意識した為か、刃方の肉を落としたタナゴ腹風のもので、指表に独特の銘字をきることを通例としています。
本刀は元先の幅差頃好く、切先は延びごころを見せる端正な姿。青味を帯びた地鉄は小板目に杢目を交え、よく練れて地沸が付き、刃縁は柾に流れて大きな肌が立ち、地斑を交えつつ、総体に映りが立つ点が特筆されます。特に下部に現れる映りは鮮やかで、見どころの一つと言えるでしょう。刃文は、乱れ刃を主とする同工の作中にあっては極めて珍しい直刃調。匂口は明るく、小沸本位に良く沸付き、細かな足が随所に入り、先に至っては小乱れとなります。刃縁には砂流が顕著に現れ、あたかも小川のせせらぎを思わせる景色を呈し、「砂流」の名に相応しい見事な刃中の働きです。総じて大和色濃い古作志津に倣った作風と見るのが相応しいでしょう。鋩子は直ぐに先丸く返り、落ち着いた趣を見せています。
附属の半太刀拵は、黒を基調とした無骨な造りで、武辺の士に相応しい風格を備えています。縁頭や鐔は高肉彫ではなく、嵐の中を飛び交う雁の力強い姿を片切彫で表現したもので、手擦れしにくい実用性も考慮された造り込み。鐔は埋忠在銘で、簡潔な意匠ながら赤銅の覆輪が格の高さを静かに主張しています。
乱れ刃主流の伊豫掾宗次初代の作中にあって、これほどまでに完成度の高い直刃調の古作写しは極めて稀。本刀は、肥前刀・備前刀を蒐集していた某コレクターの秘蔵品で、同氏逝去まで長年その膝元で愛玩されてきたため、市場に出ることはありませんでした。
来歴・出来・拵の揃い、いずれを取っても申し分ないコレクター垂涎の名品。この機会を逃せば、再び出会うことは容易ではないでしょう。ぜひお手元でご堪能下さい。