播陽國衙壮金重 貞享元年子十二月吉日- Banyo no Kokuga no Sho Kaneshige- 6-090
通常価格:¥400,000
税込
刃長19.3センチ 鎌部分の長さ5.3センチ 茎の長さ36.4センチ
元幅14.4ミリ 元重ね19.6ミリ
物打幅25.0ミリ 物打重ね8.05ミリ
螻蛄首丸形 螻蛄首下部幅14.3ミリ
裸身重量227グラム
江戸中期貞享元年(1684) The middle period of Edo era
昭和39年6月16日 大阪府登録
附属 白鞘
播州金重は、俗名を多田与三左衛門と称し、本国は美濃関。播磨国府に住し、江戸、京都にても造りました。活躍したのは寛文頃(1661)から正徳頃(1716)で、業物としても知られる刀工であり、「播陽国衙壮金重」「金重丸」「播陽国衙壮金重於江戸湯島天神龍作」等と銘切ります。
銘に見られる“国衙壮(こくがのしょう)”とは、国府のある地域(国衙)と荘園(壮)を意味し、すなわち播磨の国府周辺に住した金重の作であることを示すものです。
本作の片鎌槍は、いずれかの大名家による特別な需に基づいて鍛えられたものと考えられ、同年紀を刻む同形の片鎌槍が複数確認されていることからも、当時まとまった数が注文生産されたことが窺えます。実際、これまでに茎へ朱漆で「八十六」「九十」と番号が記された槍を経眼しており、本槍もその一群に属するものと推察されます。
年紀については、貞享は本来四年で終わり、本槍に刻まれる「貞享六年」は元禄二年に相当します。これは、当時は現代のような通信網が整っておらず、改元の知らせが地域へ届くまでの“時差”があったことを示す貴重な資料的証拠といえます。
また、同形の槍に貞享年紀が多く見られる点から、改元後もあえて貞享年紀を切った可能性も考えられます。
一方で、日本美術刀剣保存協会による保存刀剣鑑定書が交付された同工・同形・同年紀の槍を見ると、その年紀は「貞享元年」と鑑せられており、「六」の第四画が跳ね上がる書体から「元」と判読する鑑方もまた首肯し得るものです。
いずれにしても、極めて興味深い歴史的背景を備えた一筋であることは間違いありません。
造り込みは螻蛄首が丸形で、元より先に向かうにつれて先幅が広がり、穂先および鎌部の切先はいずれも剣形となって三ツ頭を備えた、実戦色の強い厳つい姿を呈します。
地鉄は小板目が刃縁で柾となり、よく練れて詰み、地景入り、刃文は匂口明るい互ノ目乱れで、刃中には盛んに砂流が掛かり、金重の気迫と迫力が随所に感じられる出来栄えです。
現在の研磨では、本槍本来の魅力を十分に引き出せておりませんので、余裕のある方には、ぜひとも然るべき研磨を改めて施し、特別保存刀剣鑑定の受審に臨まれることを強くお勧めいたします。
本来の地刃の冴えが蘇れば、金重の片鎌槍としての真価を存分にご堪能いただけることでしょう。資料価値と鑑賞価値を兼備した、蒐集家垂涎の一筋です。