無銘(末手掻) -Mumei(Sue Tegai)- 4-349
通常価格:¥550,000
税込
刃長23.75センチ 反り0.1ミリ
元幅19.4ミリ 元重ね6.3ミリ
物打幅21.2ミリ 物打重ね5.4ミリ
裸身重量155グラム 拵に納めて鞘を払った重量288グラム
江戸初期 The early years of Edo era
昭和39年6月25日 東京島登録
附属 保存刀剣鑑定書、潤塗鞘短刀拵、素銅地金着はばき
大和五派の一つ手掻派は、奈良東大寺の西の正門である輾磑門(てんがいもん)の門前に住して東大寺に従属していたことから、手掻と呼称されています。大和五派の中でも最も規模が大きく、鎌倉期から室町期に渡っておおいに栄え、技量が安定していることでも著名であり、その名跡は手貝町、包永町などの地名として今なお残っています。
手掻派の始祖は鎌倉時代中期の正応(1288)頃の包永と言われ、同工の作として名高いものに、名物『児手柏』(大正十二年の関東大震災で焼失)や岩崎家所蔵品の国宝、他に重要文化財6口が知られていますが、これらの指定品は磨り上げられて茎尻に二字銘が残されたものであります。
手掻派の著名刀工としては、他に包吉、包清、包友、包利などがおり、正宗十哲の一人、兼氏(初銘包氏)も手掻派に属したと言われています。
また、包氏、包友、包吉は、後に美濃に移住し「包」の字を「兼」に改め、それぞれ兼氏、兼友、兼吉、と名乗ったと言われ、長く栄えた手掻派の中でも、南北朝時代迄の作を『手掻』、室町時代の作を『末手掻』と総称し、大和五派中でもっとも沸が強く、地鉄が冴えるのが特徴とされています。
無銘ながら末手掻と極められたこの刀は、棟を三ツ棟とし、初見した瞬間に眼が行くのが、刀身の身幅中央に掻かれた腰樋と護摩箸でありましょう。地鉄は小板目肌、刃寄りに大和特有の柾を交えて詰み、地底に地景が蠢き、厚くついた地沸の粒子が光を反射して輝く様は、まさに銀河を眺めるかのようです。刃文は直刃で、刃区下で焼き込み、刃縁に小沸ついて明るく、刃中も沸と匂が満ちて明るい。鋩子は直ぐに先小丸に返る。
短寸ながら地刃美しく見応えがあり、現代きっての名研師による最上研磨を施しましたので、大和物の優質の全容を存分にお手元で楽しめます。他店よりお値段高めと感じられるかもしれませんが、本短刀を直接手にすれば、けして高い値付けではないことを実感頂けることでしょう。
附属の拵は、赤茶がかった潤み塗りの鞘を用い、縁金具には出来の良い瓢箪図、目貫には鉄地の鮑を据えています。小柄は鉄地に掛軸図が添えられ、喰出鐔を合わせてまとめられた姿は、小振りながらも確かな存在感を放ちます。さらに、うぶの章魚下緒が付属している点も大変好ましく、時代の風情を一層引き立てています。
瓢箪も鮑も、単なる装飾ではなく、健康・繁栄・武運・礼節・忠誠・長寿といった武家にとって重要な願いを託す吉祥意匠として知られ、拵全体に上品な吉兆の趣を添えています。
柄にがたつきはなく堅牢ですが、鐔鳴りがみられますので、責金を施し末永く御愛玩ください。