波兎図割笄 無銘 -Mumei- 16-127
通常価格:¥143,000
税込
波兎図割笄
無銘
-Mumei-
全長20.8センチ 幅10.9ミリ 重さ34.6グラム
江戸中期~後期 The middle to late Edo period
附属 桐箱
波兎は、うねる波と躍動する兎を組み合わせた古来親しまれてきた画題であり、柔らかな姿の兎と力強い波濤を対置することによって、静と動、優美さと生命力を一つの画面へまとめています。波を越えて進む兎の姿は飛躍や難関を乗り越える力を想起させ、因幡の白兎を思わせる取り合わせでもありますが、本作には物語を特定する鮫や大国主命などが表されていないため、特定の説話場面というより、波間を駆ける兎そのものを主題とした格調ある波兎図と見るのが相応しい作品です。
本作は二本に分かれる割笄で、温かみのある素銅地を基調とし、差表側には幾筋もの毛彫を重ねて押し寄せる波を表し、その中央へ兎を肉高く据えて金色絵を施しています。兎は前脚を伸ばして波間へ身を躍らせる一瞬を捉え、耳、目、毛並み、脚先まで細やかな鏨を入れることで、小さな姿の中にも明確な表情と躍動感を与え、周囲へ点在する銀色の飛沫が金の兎と素銅地の間をつなぎながら、波頭に光が散るような華やかな景色を作り出しています。
とりわけ目を引くのは、耳掻部側を深い黒味の赤銅で斜めに継いだ構成で、異なる地金を単純に直線で切り替えるのではなく、波の流れを受けるように接合線を傾けることによって、素材の継ぎ目そのものを意匠の一部へ取り込んでいます。赤銅の漆黒、素銅の柔らかな赤味、兎の金、飛沫の銀という四つの色調が細長い笄の上で過不足なく響き合い、耳掻部の端正な黒味が画面を引き締めるため、正面では金色の兎が鮮明に浮かび、斜めから眺めると高彫の量感や波彫の起伏、地金を継いだ精巧な仕事まで立体的に味わえます。
二本を合わせた状態では中央の合わせ目をまたぐように波濤が連なり、一具の笄としてまとまりある画面を見せますが、左右を分けるとそれぞれに異なる波の表情が現れ、割笄ならではの構造と装飾の工夫を同時に楽しむことができます。表裏に残る落ち着いた古色や所々の色調の変化は、長い年月を経た素銅地ならではの味わいとなっており、均一な新しさにはない深みを添えながら、赤銅の黒味と金銀の色絵を一層鮮やかに引き立てています。
全長20.8センチの伸びやかな姿は展示した際にも端正で、細身の輪郭に沿って波の流れが視線を導き、中央の兎へ自然に目が集まる構成となっています。江戸中期から後期にかけての作と考えられる精緻な彫りと色金の使い分けに、割笄という比較的珍しい形式、さらに赤銅を斜めに継いで素材の境目まで見どころへ昇華した洒脱な感覚が備わり、遠目には品格ある色彩の対照を、手元では一本一本の毛彫や金銀の細工をじっくり鑑賞できる、愛らしい画題と確かな技巧を兼ね備えた魅力豊かな一作です。